経営者が知っておきたい残業代未払いの最高裁判例とそこから分かること:労働時間が裁定出来ないという状況はなるべく避けること

残業代未払いとはどういう現象か

“残業代未払い”とは、会社が法律上残業代を支払う義務があるにもかかわらず、残業代を支払っていない状態を指します。残業代未払いの状態を放置すると、労働基準監督署からの調査を受けたり、退職者から残業代請求訴訟を起こされたりといったトラブルに発展することがあり、経営者にとっては非常にリスクとなります。また、残業代の未払いに対して、法律上、付加金や遅延損害金などのペナルティが設けられています。

付加金:裁判所で未払い残業代が悪質と判断された場合、本来の残業代の額と同額までの範囲で支払いを命じられる金銭。

遅延損害金:残業代に対し、在職中は「3%」、退職後は「14.6%」の率で課される。

最高裁の判例を見てみよう

① 未払賃金請求事件(平成30年7月19日):会社側の主張が認められたケース

薬局に勤めていた薬剤師が、時間外労働、休日労働および深夜労働に対する賃金と付加金等の支払を求めた裁判です。

薬局と薬剤師の間での雇用契約では、賃金については月額給与+業務手当となっており、「採用条件確認書」においては、業務手当は時間外手当であると記載されていました。また、当該薬剤師以外の従業員は、「確認書」を取り交わしており、「業務手当は、固定時間外労働賃金 (時間外労働30時間分)として毎月支給します。一賃金計算期間における時間外労働がその時間に満たない場合であっても全額支給します。」という内容でした。薬剤師は、タイムカードによって勤務時間を管理していましたが、給与明細書には時間外労働時間や時給単価の欄があるにもかかわらず毎月空欄のままでした。

原審は、使用者が労働者に対し,雇用契約に基づいて定額の手当を支払った場合において,当該手当は当該雇用契約において時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する対価として支払われるものとされていたにもかかわらず,当該手当を上回る金額の割増賃金請求権が発生した事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組みが備わっていないなどとして,当該手当の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたということができないと判断し、薬剤師側の賃金及び付加金の請求を一部認容しました。

一方、最高裁は「被上告人に支払われた業務手当は、本件雇用契約において、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められるから、上記業務手当の支払をもって、被上告人の時間外労働等に対する賃金の支払とみることができる。原審が摘示する上告人による労働時間の管理状況等の事情は、以上の判断を妨げるものではない。

したがって、上記業務手当の支払により被上告人に対して労働基準法37条の割増賃金が支払われたということができないとした原審の判断には,割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。」として、賃金の額や付加金の支払いについて原審に差し戻す判決を下しました。

つまり、時間外労働時間に対する対価としての手当の支給に関する説明は、本ケースの場合は雇用時の説明で十分足りており、手当を上回る分の時間外労働賃金を得る権利が発生しているかどうかを労働者が直ちに認識できる仕組みを備える必要はかならずしも発生するわけではない、ということが最高裁の判決で示されました。

判例の詳細はこちらから
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87883

②残業代等請求事件(平成26年1月24日):会社側が敗訴したケース

ツアー型の海外旅行に添乗員として勤務していた派遣職員が起こした訴訟で、ツアー中の業務が労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるかが焦点となった事例です。

最高裁は、次のような事情の下では,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないとして上告を棄却しました。

(1) 当該業務は,旅行日程がその日時や目的地等を明らかにして定められることによって,その内容があらかじめ具体的に確定されており,添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られている。

(2) 当該業務について,上記企画旅行を主催する旅行業者は,添乗員との間で,あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で,予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ,旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされている。

つまり、ツアー旅行において変更を要する事情などがあり、当初のツアー内容から多少変更があったとしても、変更する選択肢は限られているし、変更内容は日報などで雇用側にも伝わるものであるから、労働時間を算定し難いときには当たらない、と判断しました。

判例の詳細はこちらから
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=83887

判例から見えてくることの解説

労働時間が裁定出来ないという状況はなるべく避けること

上記の判例をご覧いただくとわかるように、主に争点になっているのは「労働時間が不明瞭になっていること」または「労働時間の算定方法」についてです。先に挙げた判例では、原告(被雇用者側)の訴えが必ずしも全面的に認められるものではありませんでしたが、労働時間やその算定方法を曖昧にしていると、裁判で不利になってしまう可能性があります。

なお、時間外労働をしても、残業とならないケースがいくつかあります。

■法律上残業代が支給されない業務(適用除外)
もっとも典型的な適用除外の例は、「課長」、「部長」などの「管理監督者」「管理監督者」にあたる場合です。
ただし、肩書だけで「管理監督者」にあたるとは限りません。
「管理監督者」と認められるには、
・ 経営に関わる意思決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限が認められていること
・ 自分で出勤退勤時間を決める裁量があること
・ 一般の従業員と比べて高い待遇を与えられていること
などが必要とされています。

■ 制度上、割増賃金が発生しない場合
・ 固定残業代
固定残業代のタイプには、大きく分けて2つあり、
(1)基本給のうち一部を残業代に充てる構成となっている場合(例:基本給〇万円のうち〇円は時間外割増賃金に対する支給とする。)
(2)基本給とは別の手当(「職務手当」など)が残業代に充てられる構成になっている場合(例:残業代手当は時間外割増賃金に対する支給として扱う。)
があります。
先の判例①のように、就業規則や雇用契約で固定残業代についてどのように定められているのか、基本給部分と割増賃金部分(固定残業代)が明確に区分できるのか等が争点になるため、事案ごとに個別具体的な法的分析が必要になります。

・年俸制の場合
年俸制とは、1年間の賃金総額及び支給方法をあらかじめ決めておく制度をいい、年俸制を採用している会社では、残業代はあらかじめ年俸の中に含まれていると説明されることが多くあります。しかし、年俸制においても、固定残業代と同様、どの部分が何時間分の残業代なのかが区分できる必要があります。


・ みなし労働時間制
みなし労働時間制とは、実際の労働時間にかかわらず、所定の労働時間のみ働いたとみなす制度で、事業場外みなし労働時間制や裁量労働制があります。ただし、みなし労働時間性が認められるためには、使用者が業務の指揮・監督をすることができず、実際の労働時間を把握することが困難である場合や、業務の性質上大幅に労働者に裁量性があり、業務遂行の手段及び時間配分に関して、労働者が自律的に決めることができるなど、厳格な判断が難しいケースが多いため、実際に労働条件を定める際には、不備のないよう弁護士などの専門家に相談されることをお勧めします。

残業代未払いについての本質は、判例にあるように、「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべき」という考え方にあります。そのため、残業代未払いは杓子定規に適用される訳ではなく、固定残業代として支払うなどの余地はあります。

ただし、その判断は難しく、多くの判例で判断が分かれています。従業員とのトラブルを避けるためにも、弁護士に相談をしておくことをおすすめします。


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