不当解雇?正当解雇?判例に学ぶ「解雇権の濫用」とは(経営者向け)
2021年01月21日 2022年12月01日

労働基準法や労働契約法などの法律や就業規則を守らずに、事業主の都合により労働者の合意を得ずに解雇する「不当解雇」。労働者に起因する理由による「普通解雇」と異なるため、訴訟になる事案も少なくありません。そこで、こちらの記事では、不当解雇の判例のうち3つを取り上げ、経営者が気をつけるべきポイントをご紹介します。
解雇が認められない&認められた判例3選
<不当解雇判例①> 認められないケース
■事案の要約
システムエンジニアのAが、派遣先で繰り返し行っていた「電子メールの私的使用」「私的な要員派遣業務のあっせん行為」について、服務規律、職務専念義務に違反していたとして会社XがAを解雇。しかし、この解雇は解雇権の濫用であるとし、Aが地位保全と未払賃金の支払等を請求した事案。
■判決の結果の要約
Aによる就業時間中の頻繁な私的メールは服務規律や職務専念義務に違反するが、コンピューターなどの情報機器を一定の限度で私的利用することは通常黙認されている。派遣要員のあっせん行為やAの能力不足は解雇を理由づけるほどのものと認められない。これらから、上記が解雇事由としては過大であり、解雇権の濫用にあたるとしてAの請求を容認。
■判例のポイント
・合意解約の有無について
会社Xは、Aとの雇用契約は合意解除された旨を主張していたが、Aは否定する供述をしている。また、会社Xの主張を認めるに足りる証拠はない。
・解雇の意思表示の有無
会社Xの解雇理由は、「Aが働くべき事業を探すことが難しく、雇用の継続によって会社Xに損失が生じること」であると容易に理解できる。Aの非違行為等もなく、企業秩序維持のための解雇であることをうかがわせる記載もないため、懲戒解雇の趣旨ではないととらえることができる。したがって解雇の意思表示は、普通解雇ついての効力を認めるべきである。
・解雇についての解雇権濫用の有無
Aの私用メールは、義務違反であると言わざるを得ないが、これを解雇理由として過大に評価することはできない。要員の私的あっせん行為についても、Xが主張する服務規律違反、職務専念義務違反において、解雇を可能にするほど重大なものとは言えない。また、会社Xが指摘する、Aの能力不足についても解雇を理由づけるほどまで欠いているとは認め難い。
これらの事情より、Aの勤務態度および能力については問題がないとは言えないものの、Aを解雇する正当な理由があるとまでいうことはできず、解雇権の濫用として、その効力を生じないと言える。
<不当解雇判例②> 認められないケース
■事案の要約
大学院卒の正社員として採用された従業員Bが、特定の業務分野のないパソナルーム勤務を命じられた後、会社Yから「労働能率が劣り、向上の見込みがない、積極性がない、自己中心的で協調性がない」等として解雇されたことに対して、解雇を無効として地位保全・賃金仮払いの仮処分を申し立てた事案。
■判決の結果の要約
会社Yが主張する解雇理由は、具体的事実の裏付けがないとして、従業員Bの請求が一部認められた。
■判例のポイント
・解雇事由(職務能力・技能)について
Bは人材教育課で的確な業務遂行ができなかったため、他部署に配置転換、そこでも他会社から苦情が出ており、加えてアルバイト従業員の雇用事務、労務管理についても高い評価は得られなかった。人事考課の結果は下位10%未満の順位であり、Aの業務遂行は平均的な程度に達していたとは言えない。
しかし、人事考課は相対評価であり絶対評価ではないこと、そこから直ちに労働能率が劣り、工場の見込みがないとは言えず、直ちに解雇が相当であるというには不十分である。また、Bのやる気、積極性、意欲、協調性がない、自己中心的、反抗的態度などの陳述があったが、それを裏付ける具体的な事実の指摘はない。
・解雇権の濫用について
会社Yは、Bに対し教育、指導を実施して労働能率の向上を図る余地もあった。しかし、実際には、結果が平均点前後であった技術教育を除いて、このような教育、指導が行われた形跡はない。これは「労働能率が劣り、向上の見込みがない」ときに該当するとはいえない。
また、会社Yは、雇用関係を維持するため、Bを受け入れる部署がなかった旨の主張もしているが、Bの異動が実現しなかった主たる理由が、Bの意欲が感じられないといった抽象的なものであった。こうしたことから、会社Yが雇用関係を維持するための努力をしたと評価するのは難しい。したがって、本件解雇は権利の濫用に該当し、無効である。
<不当解雇判例③> 認められたケース
■事案の要約
慢性腎不全による身体障害等級一級の嘱託社員Cが、生体腎移植手術後、会社Zから出社を強制されたことなどにより、損害賠償請求を求めた事案。
■判決の結果の要約
会社Zからの出社の強制については、そのような事実はなかったとして棄却。慢性腎不全の者が生体腎移植手術後、業務に耐えられないとしてなされた解雇につき、相当な解雇理由が存在し、解雇権濫用にも当たらないとされた。
■判例のポイント
・出社強制の事実と使用者に対する労災以外の損害賠償について
Cは本件移植手術後、3ヵ月から半年の絶対安静と言われていたが、診断書には「約3か月の厳重な外来管理が必要」と記載され、自宅療養ないし就労不能の記載はなかった。
また、会社Zの上司がCに対し、欠勤が多いと嘱託の継続も難しくなる旨を告げ、出社を強要したという事実については、会社Zの上司は、Cの入院中の病院、退院後の自宅の合計二回、見舞いに訪問しているが、Cの自宅では玄関でCの妻とのみ面談した事実がある。
さらに、会社ZはCが身体障害者等級一級の認定を受けていることを了解したうえで雇用契約を締結しており、Cの入社直後、産業医の意見に従い、会社Zの健康管理規程に定める時間外就業禁止及び重作業の禁止等の就業制限措置を講じていること、またCが通院に便利な場所の社宅に入居したいと希望したのに対しては、優先的に社宅へ入居させ、Cの健康状態を考慮して特別の取扱いを行っていること等の事実が認められる。
以上より、会社ZがCに出社を強要したとする結果は採用することができず、他に事実を認めるに足りる証拠はない。
・解雇権の濫用について
会社ZはCに対し、平成8年10月20日までは、賃金を支給したが、それ以降に勤務しない分については賃金を支給しない通常の扱いとすることとした。しかしCはその後もほとんど出社しなかったため、会社Zは、同年12月19日付で、このままの欠勤状況が続くと平成9年4月1日以降の嘱託雇用契約の継続は困難となる旨の書簡を郵送している。
その後もCは体調が悪く、勤務に復帰しなかったため、会社Zは就業規則内の心身虚弱のため業務に耐えられない場合に該当するとして、本件解雇の意思表示をした。以上より、Cは、会社Zの就業規則取扱規程に定める場合に該当すると認められ、本件には、相当な解雇理由が存在している。かつその手段も不相当なものでなく、解雇権の濫用には当たらないといえる。
3つの判例から学べること
この3つの判例に共通して登場するのが、「解雇権の濫用」というワードです。確かに、事業者は労働者を解雇する権利を有しています。ただし、労働契約法第3章第16条 では「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められています。
すなわち、合理的かつ正当な理由が十分揃っていないと、普通解雇とは認められず、不当解雇に該当すると見なされてしまうことが、判例からも読み取れます。
しかし、同時に、「不当解雇判例②」を見ても分かる通り、解雇に至るまで個別の指導や注意など方策を尽くしたことが問われてしまうケースもあります。かたや、「不当解雇判例③」では、明らかに労働者側に雇用継続が困難な理由があると認められています。
このように、解雇前には、合理的かつ正当な理由があると認められるかどうかを調査する必要があるでしょう。
解雇は、労働者のキャリアや人生に大きな影響を与えるものです。そのため、普段の職務遂行状況を正確に把握すること、そして適切に指導を行ったうえで、解雇に相当するかどうかを慎重に検討することが、経営者に求められている役割だと言えます。
いかがでしたでしょうか?費用保険の教科書Bizでは、様々な中小企業・個人事業主の方に役立つ法務情報を弁護士とともに発信しているので、是非他の記事も参考にしてみてください!
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